Love, Hate and Passion

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<<   作成日時 : 2017/08/17 16:29   >>

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石は私にとって、良くも悪くも思い出深いものだ。
私が本格的に霊的な世界へと足を踏み入れたのは、石がきっかけだったからだ。
石を手にするようになった経緯は色々あるが、それを語るにおいて、父についての触れることは避けられないだろう。

父は度々、正気を失うことがあった(とはいっても、暴力をふるうといった類ではない)。

幼い頃から石を手にするまでの間は、単なる気分屋だからそうなのかと思っていたが、何か違うような気もしていた。
そして、石には霊的な存在あるいはエネルギーを閉じ込めることができることを知った時、試しに父の私物にこっそりと石を忍ばせると、不思議なことに父の激しすぎる感情の起伏が改善されたのだ。

気分屋であることは今も昔も全く変わらないが、石を忍ばせてからは、正気を失うことは一切なくなった。

その時、私は確信した。

幼い頃から私と母を苦しめたのは父ではなく、父に悪影響を与えていた''何か''なのだと。

今思うと私はあの頃あたりから、視覚では認識することのできない、人間に悪影響を与える何かとの戦いが始まったような気がする。
しばらくの間は、ホワイトセージという葉を燃やした際に出る煙を使ってそれらに対処していたのだが、やがて私はそれを使うことなく対処する術を見つけた。
やがて私は幼い頃のように、限定的ではあるが見えるようになり、さらに''声''を聞き取れるようになった。
いわゆる、テレパシーと呼ばれるものだと思う。
読者はテレパシーと聞くと、頭から聞こえるものだと思うだろう。

Noだ。

あれは私が思うに、魂と魂がコミニュケーションをとる手段であり、''頭から聞こえることはあり得ない''。

もし頭から聞こえるとしたら、それは''脳の問題''か、あるいは''性質の悪い存在によるアプローチ''だろう。

通常、テレパシーは胸の奥…多分心臓のある位置で聞こえる。
おそらく、魂は心臓と同じ位置にあるのだろう。
''声''を聞き取れるようになった時、私はそう確信した。
それから先は、とてもじゃないが詳細に述べることができる内容ではない。

あえて語るならば、あの時からの日々は1日たりとも心が休まる日のない、戦争のような毎日だった。
霊的な世界があそこまで殺伐としたものだったとは思いもしなかったが、後戻りはできない。
そんな日々が何年も続いた。
5年?…6年?
時には死を覚悟したこともあったが、私はこうして生きているし、今振り返るとあの日々が一瞬であったかのように思える。

あの日々で私が学んだことは、''生き残るためには、自分あるいは自分と近しい者を脅かすあらゆる外敵を駆逐せよ''ということ。

道具を使うことなく、外敵に対処できる術を身に付けていたのは幸運だった。
でなければ、私はとっくに死んでいただろう。
前に述べた通り、具体的に何があったのかは書けないが、とにかく色々あった。
そして霊的な存在の脅威が去った今は、こうして日々の生活を送りながらチマチマと不定期にブログを書いている。
そして先日、久しぶりに水晶の原石を購入した時に、上記した一連の出来事を書こうと、ふと思ったのだ。

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